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<<   作成日時 : 2008/04/26 22:06   >>

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今日は
Junkoちゃんを西多摩のお墓に納めてきました。

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とはいえ。。

分骨したJunkoちゃんの一部は
私たちのおうちでお留守番していましたが。。(汗)



読経してくださったお坊様が
最後にこんなお話をしてくださいました。

法事は、亡くなった人を救うためだけにあるのではなく
残された人たちが、命の大切さを改めて認識し
周りの人たちの存在によって生かされていることに感謝し
いつか来る死を、穏やかに迎えられるようにするのです


なるほど。。と。

命は大切なのだ。
そして、命があってもひとりじゃ生きられない。

当たり前すぎて考えたことなんかなくて。。

平気で人を傷つけたり
ときに、うっとおしいと感じてしまったり

大切なことなのに、面倒くさいと感じてしまったり
つい。。自分本位で行動してしまったり

そういえば。。

いつも生活している中で
そういうことを考えたことって。。あまりないなぁ。。と(反省)



今日は、通夜や告別式のときとは違って
生前にご縁のあったお友だちの方を数名ご招待しました。

会食をしながら
帰りに寄り道してお茶をしながら

私たちの知らない
Junkoちゃんのお話を聞くことができました

お手紙やメッセージを預かったり
様々な申し出をいただいたりして。。

Junkoちゃんは
生まれたときから私たちの母親のような気がしていたけれど

私たちに大切なお友達がいるように
私たちに学生時代があるように

あるいは。。私たちが仕事をしているように

Junkoちゃんにも
64年分のいろんなお友達や経験や。。足跡があって

今までにJunkoちゃんが接してきたたくさんの人たちと
私たちとでは、Junkoちゃんに対して持っている印象が
ちょっとずつ違っていたりして。。

私たちの知っているJunkoちゃんは
ほんの一握りなのかもしれないなぁ。。なんて思いました。



帰ってきて

今日あった出来事をJunkoちゃんの一部に話しかけたり
頂いたものをお供えしたりして。。



私たちの知っているJunkoちゃんはほんの一握りなのに
私たちにとってJunkoちゃんはとても大きな存在で

Junkoちゃんが今までに出会ってきた人たちにとっても
やっぱり大きな存在だっていうことを聞いて

全部あわせたら
一体、どれくらい大きな存在になってしまうのだろう?

なんてこと。。考えちゃいました^^;

子バカでしょうか(笑)



人は。。

亡くなると

少しずつ姿が見えなくなって
足跡もだんだん薄れていってしまうけれど。。

おんなじ空の下にいることに
きっと。。変わりはないのかなぁ。。♪

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空は。。でっかいお家だから

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
ぼくも父が逝った時にお坊さんに同じ様な事を言われましたね
「お父さんの事を自分の事に置きかえて自分の事だと思い心に刻み込みなさい
それが今日という日の意味です」と。

僕も15歳で父の事を解り始めてきた頃にいなくなってしまったのでそれはやっぱり残念です・・・

でも心に刻みこんでありますから父が色褪せる事はありません!

reiさんの気持ち何か解る様な気がします
お疲れ様です
さそり
2008/04/28 13:54
さそりさん>

なんか。。時間が止まったような不思議な感覚を覚えるのですよ。

さそりさんは、とても若いころにお父様を亡くされたのですね。
男の人にとって、父親はとても大きな存在でしょう。
父親になったさそりさんは、お父様と照らし合わせて考えることも、たくさんあるのではないでしょうか。
私も。。いつか、母のことを思いながら、自分の子供のことを考える日が来るのかなぁ^^
rei
2008/04/29 00:20
魂は、いつまでも行き続けるのです。
しかも、その姿は年をとらずに。
父が亡くなった年齢を過ぎても、父はずっとあの日のまま。
そのときに追いついて追い越せたと思えるのかな?
名無し
2008/04/30 13:31
上文の訂正
行き続ける → 生き続ける
でした
名無し
2008/04/30 13:32
名無しさん>

そうですね^^
私が生きてる限り、母は歳をとらないまま
私の心の中で生き続けるのですね。

でも。。どこまで行っても
追いつけないような気がします(汗)
rei
2008/04/30 22:19
つい最近親戚の納骨に参列してきたばかりなので
reiさんの気持ち分かります。
その日は朝からひどい雨で、家から離れたくない
っていう気持ちを訴えているように感じました。
体は無くなってしまってもその人の思いは
残された人たちの中にずっと存在するんですね。
かえ
URL
2008/05/02 17:54
あたしのじーちゃんが亡くなったのは83歳だったんだけど、じーちゃんの戦友という方が来てくれて、戦争当時の話とか聞かせてもらったんです。
あたしが生まれたときは『じーちゃん』だったけど、戦争とか、いろんなこと経験して、いろんな人たちと出会って、なんか、違う人の話を聞いてる感じがしました。
命って本当に大切で尊いものですよね。
その人には長い歴史があってたくさんの人たちの支えがあって生きてきたんだから。
あたりまえに生きてるって思っちゃダメなのかもしれません。
あたしも病気して、死を意識した時は洋服もアクセもCDも何もいらないから生かせて下さい!って毎日神様にお願いしてました。笑
数年経った今は。。。
あれも欲しいこれも欲しいです(ノ_-;)

あたし今でもじーちゃんに話しかけます♪
仏壇の前で一緒にお菓子食べたりお茶しながら。
なんか落ち着くんですよね♪
dokin
2008/05/03 02:01
かえさん>

雨は、いろいろな解釈の仕方があるのですね。
私の周りにいる人は
『神様も泣いているんだね』なんてこと
言ってくれました^^

そうですね。
母に言われたこととか、病院での様子とか
いつまでたっても忘れられないですね。。
rei
2008/05/03 13:08
dokinちゃん>

子供の頃。。
『おじいちゃんは、生まれたときからおじいちゃんだったわけじゃないのよ^^;』
って、母に言われたことがありました(笑)
子供の頃は、イマイチわからなかったけれど
大人になった今は、そういうことがわかるようになりましたね。。
祖父母にしても、母にしても。。
私は、その半分くらいしか生きていないくて
それでも、色々なことを経験していて。。
そう考えたら、私が知らない祖父母や母が
いるのは当たり前だし、私なんかよりも
ずっと深くて厚みのある歴史があるんだよなぁ。。って思います。

本当。。人の人生って凄いですね^^

あ。。私も話しかけます(笑)
周りから見ると変かもしれないけれど
私たち姉妹は、ふつーに母に話しかけてますvV
なんか、特別扱いしたくないんですよね^^;
rei
2008/05/03 13:17

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